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神戸市中央区にて「古流空手、古流柔術」を指導をしている【律芯館】のブログです。 「歴史ある武術を稽古することで得られる心身の洞察力によって、 生き方を深め、自分だけでなく大切な人や周りの人も守れる強さを身に付けること。もし暗い闇の中で何かに怯え苦しむ人がいれば、武術がそこに光を灯せる存在になればという信念に基づいて稽古.指導を行っています」

【武術におけるリズム感、武術律動(2)拍子の打ち方、 後編】

前回からの続きです。



★☆

律芯館武術コラムvo.14

 

【武術におけるリズム感、武術律動(2)拍子の打ち方、 後編】



 では、今までの話を 空手の「前蹴り」という技で説明します 

 

上足低で蹴りを当てた瞬間が、結果(また目的)です。



打ち込む点の意識(場所とタイミング)を「明確に持って」、それからギリギリまで待って一瞬で蹴る。



(こういうのを「持って打つ」といいます。前述したように、狙って打つ分けですが、実際には、打つのを待たせることによって、打たざる負えない状況を作り、結果的に打つという現象が起きるので、意識的に「打つ」のではなく、身体が「打つ」ということを処理してくれます。)





 

 

無駄な力を入れず、この目的(最小の点)だけを意識して稽古すると、身体のフォームはそれに見合ったものを教えてくれるようになります

 

その結果、居合いの抜刀のような蹴りになります。



打つ点を捉えて、蹴るので心がこもり、見た目は力みがないのに相手は迫力を感じます。



またギリギリまで予備動作なく瞬間自分の虚(裏)を蹴り込まれるので、察知出来ないし、蹴られて「うっ( -_-)」となって初めて、蹴られたのが分かるという状態になります(意識が遅れる)



また、こういう蹴りは効きます。



この方向で稽古を積むと技になっていきます。 

 

 

★☆



前蹴りで、相手を捉えてから打つというのは、当たり前に大切なことですが、実際はこういう風に蹴りを捉えている人は少なかったりします。



だから皆、やみくもに動作を反復稽古します。



膝を上げて、蹴り込む、引きをとる。



この意識で見についた技(!?)には、心がこもりません。



だから怖くないし、当てられても痛くない。



相手は動作をギリギリまで待てないので、運動を作って蹴るしかないから、見えやすいし。バレバレです。



時空間上の点を明確に捉えて蹴るという稽古をしてこなかった(基本稽古で拍子の意識を無視してきた)弊害と言えると思います。



空手の型、基本。また居合い。相手のいない状態で、相手を想定して稽古する。



当たり前のことですが、この基本が出来ていない為に、拍子が理解出来ていなかったということに気付くのは大きなことです。

(身体操作の研究などをしている人は、陥りやすい間違いだと思います)



もしそれが出来たなら武術は才能のあるなし関係なしに、究極のタイム感を誰もが身に付けられるように本来は稽古体系が出来上がっているのですから。





☆★

「後編」に入ります。



では拍子を捉える。それも最小の点で。



しかも捉えてから打つ。



それが大切なのは分かった。



だけど出来ない

 

どうやったら、そんなことが出来るんだろう?。



なぜ自分は、それが出来ないんだろうと研究し続けた結果。



ある幾つかの結論に達しました。



★☆





その一つが

運動ではなく、静止した状態を基準とすること。



【静止出来てないから、拍子が打てない】



という話です 





つまり、曖昧な静止しか出来てないから、曖昧な点しか打てないのです。

 

 

 

自分は、点を打つことばかり考えていたのだけど、実際大切なのは、どれだけ完璧な静止が作れているかどうかなのではないか?



という発想の転換が必要になります

 

 

 

0.01秒を捉えて打つ為には、0.99という単位の静止があって始めて成り立つということ。



0.99という単位を感じられるから(待てる)から0.01秒を捉えられる



(これを期に始めてトニーの理論、最大溜め打ちを始めを理解することが出来ました)。 

 



 

 

リズム感に革命を起こすこれが、第1段階の「完全静止状態」ですが、これは動きのカットという意味ではありません。







「曖昧な静止に対する、意図的な完璧な静止」と捉えます



 

見た目は止まっていても、内面では、いつでも動き出せる状態を保ち、溜めがある状態です。 

 

 

 

この条件があり始めてギリギリまで拍子を待って打てます。 正し武術の動きとしてこの部分は蓄勁動作に相当するので、いつまでも保てる分けではありません。

打つ前にこういった状態があるということで、これが分かると打つ時は引いた弓を離すような感覚になります。

 

 

打つのが基本ではなく、静止が基本になるのです。

これによって、どれだけ完全に静止出来るか?待てるか?で捉えるべき打点は極小になっていきます。



☆★



完全静止状態は、第一回で話した表の感覚と同じ話です。



(リラックスした心身が気で繋がり、いつでも反応出来る状態)



次の段階で、この感覚のまま動くという世界に入ります(ゆっくり蹴っても関係なくなる)が、その瞬間、裏(虚)が出来るという難しさが出てきたりもします



打つのは一瞬で、残り全て静止している。



止まっているので、洞察力が上がり目が良くなり(0.99秒待てるので、時間が0.01秒単位で割れた結果起きます)心が落ちつきます(集中力、古来からある丹田法、呼吸法の極意)。





静止が曖昧にしか出来ない人間の身心は裏(隙)だらけです。



なぜなら時間を感じられる要素が。毎回抜けてしまうからです。



「打つ→抜ける→打つ→抜ける」



という状態では、精密な拍子を打てません

(これは曖昧な数の数え方で、運動や反復稽古を続けた結果。筋肉の弛緩と収縮。反動。重力による表裏の法則に支配され身体が自由では、なくなってしまっている状態です(一定の拍子の世界から抜けれない))



これに対し





いつでも打てる状態でタイミングを捉える(ギリギリまで待って)→打つ→いつでも打てる状態でタイミングを捉える(ギリギリまで待って)→打つ









この状態を、律芯館では「表」と呼んでいます。 

  

 

 

☆★











第一段階を要約すると、気が抜けない(裏をつくらない)ことです。その為にリラックスして、いつでも瞬時に動ける静止状態を完全に作ります。



(これが出来て初めて裏を本当の意味で使えるようになります。相手と同期(シンクロ)して、表の状態から「ふっ」と裏をわざと入れると崩しになったり、反応出来ない突きを作ったり出来るようになってきます)



裏とは、気が抜けてるので、物事を感じ取れなくなり隙になっている状態のことです。



【それが時間を把握出来ない。

使えない最も大きい理由であることに殆どの人は気付いていません。】



何か運動を続ければ、リズムに乗って踊り続ければとか、クリックをならしながら延々楽器を弾いても、この問題(自分でも分からないレベルの裏がある)が解決されない限り必ずある一定の技量から抜けれないという壁にあたります





そういう人は、毎日五分。正座して目を閉じて心を落ち着ける稽古を続けるとヒントになります。



落ちつくと、身体もリラックスし、感じられる対象が拡大します。



リズム感のある人。

拍子の極意を持つ人。



武術の達人は、 

 

時間が止まっているように感じます。



コマと同じで、エネルギーや感覚が高速で回転しているから、そのように感じられるのかもしれません。 

 

 

☆★



【武術と律動】、、またそのうち続編blogを書きます

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