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神戸市中央区にて「古流空手、古流柔術」を指導をしている【律芯館】のブログです。 「歴史ある武術を稽古することで得られる心身の洞察力によって、 生き方を深め、自分だけでなく大切な人や周りの人も守れる強さを身に付けること。もし暗い闇の中で何かに怯え苦しむ人がいれば、武術がそこに光を灯せる存在になればという信念に基づいて稽古.指導を行っています」

【高校時代のこと。~暴力について】

律芯館。武術コラムno16

【高校時代のこと。~暴力について】


今は共学にもなっていて、随分印象の違うようになってるみたいだけど、僕が通っていた高校は、当時ひどい体罰校で、その中で過ごした3年間は自分に何かしら影響を与えているように思う。


何年も続いてきた暴力の歴史。日常的に起きる生徒への暴行。教師間のいじめ、



自分が空手を続けてきた根底には、この三年の日々はきっと関係してるだろうなと、、。


暴力から、身を守れなかった日々。


体育教師との圧倒的な力の差は、怖くて体が動かなかった。


口の中を切るくらい殴られたり、殴られて鼓膜が破られるというのは、日常茶飯事だった。よく刑事事件にならなかったもんだと思う。



僕がいた体育クラス(スポーツ推薦枠)は、基本的に全寮生だから、特に体罰が酷かったように思う

(家に帰れないので、親が気がつかないこと、また体育クラスならその位当たり前だと、皆抵抗出来ないように洗脳されていた)



入学して最初の担任の挨拶の時、『これから楽しい三年間になるなぁ』と言われた。

何の意味か分からなかったので、普通に楽しい高校生活になったらいいなと思ってた。


それから一週間後位だろうか、ある日、体育の時間に、体操服の上のジャージを忘れているのに気がついて先生(担任)に言いにいった。


瞬間、意識が飛ぶ勢いで張り飛ばされた。そこから、十分以上だろうか、、体育館を二周位殴られ続けた。立ってられなくなってからは、上から何度も蹴り飛ばされた。


鼻血が、おびただしく出てたので、許してもらえてトイレで止めてこい。

と言われ、戻ってきたら、『いつまでかかっとんやワレ』とまた、殴られる。

自分が通っていた小、中の先生は、優しい先生ばかりだったので衝撃的だった。


(この学校には、マリオになるという言葉があって、殴られて顔が倍近く腫れ上がることをいっていた。今日誰をマリオにしてやったとか先生の間では自慢話になるようだった)

当時、そんなことがあっても、うちは私学ですので、嫌ならやめて下さい。と堂々と体罰を認めているような学校だった。

今は、どうなってるんだろう。 随分大人しくなったと聞いてるが。


こういう日々を過ごしたので、自分には暴力に対して、自分で身を守る力を得なければならないというモチベーションが人より強くあるように感じる。



当時は体罰というか、暴力だと思うのだけど、とにかくしょっちゅう誰か殴られてるから、どんどん感覚が麻痺していて、これはとても怖いことだった。

それが当たり前のことだと、黙認される中で誰も、抵抗出来なくなっていた。


当時、多くの先生が、棒を持って校内を歩いていたように思う。この学校に就任すると、生徒をしつける為に貰えると自慢してた先生もいた。

長いのから、しなるタイプ(これでやられるとかなりアザが残る)先生方にしたら、今日は誰をどうやってシバイたとか、鼓膜破ったったとか、血がどこまで飛び散ったとかは、自慢の種だったのだろう。

それを楽しそうに話す教師連中に、皆精神的にやられてしまってたんだと思う。

★★

僕は高校は空手の推薦で入ったので3年間、空手部にいたのだけど、顧問の先生はそういう体罰は決してしなかった。

かわりに他の体育教師から、いつも馬鹿にされてた。

三年になり部活も引退したある時、顧問の先生が『もし殴られたらな。その手を捕まえて、そのまま警察にいったらいいんやぞ』と言ってくれた。

この学校で、そんな発言すること自体自殺行為なんだけど、マトモな感覚の人だったんだなと思う。


そしてその日、始めて、


殴られたら、避けても、受けても。いいのかと、思った。


毎日、試合の為だけにやってた高校空手。学校、道場と丸二年半毎日7時間の稽古をやっていた。県内でも無敵の空手部だった。

『こんど殴られたら

絶対に受けてやる』

と思った。


それでも体育教師は皆、ウエイトトレーニングで鍛えあげられてて、柔道、剣道、レスリングどれも国体や、アジア杯など出てたような人間ばかりだから、抵抗するにはそれなりに覚悟がいった。




毎日、気持ちを高めてた
そんな時、チャンスがやってきた。

担任がふざけて、おい、ちょっと構えてみろ。と言ってきた。




あぁ、殴ってくるなと思ったから、本気で試合の時の構えをした。

、、、、




そしたら、雰囲気を察したのか、冗談やがな、と言って去っていった。


チームが県大会優勝しても、インターハイに出ても対して思わなかったけど、空手をやってきて良かったと本当に思った。

それから、卒業まで暴力を受けることはなかった。

(変わりに、進学するならお前の内申書は書かん、とかそういう嫌な思いは沢山した)


★☆


あの頃に今の頭と、技があれば皆守れたかもしれないのに、と思う。

少なくとも、色んな解決策を出せただろう。

恐怖すること、麻痺すること、心が折れること、理不尽に対して諦めることは、思考を上手く使えなくさせるので、それは本当に危ない。

そしてそういうものに負けてはいけない。


当時の卒業生は、三年ヤクザの中で生活したようなもんだから、多少のことではビビらなくはなる。

しかし、それが暴力の日々を肯定することにはならない

今は、体罰問題が色々あったから、手を出せなくなってるだろうとは思う、あの教師たちは、どうしてるんだろう。

カッコ悪い大人やったなと思う。


カッコ良い、大人になんて自分もなれてないけど、そうなりたいなと常に思う。

空手をやってるんだから。

僕が最後についた師匠は、空手を指導する中で、僕が稽古に行き詰まった時、「お前はスーパーマンにならなくていいのか?」と言っていた。

先生は、それを言っても当然な位、強かったし空手で黒帯を締めるなら、スーパーマン位でないとダメだろうという位、高い基準を僕に与えてくれた。

武術は、自分や人の身を守る為にあって、その稽古の過程で個人の心を育てていく為にある。


理不尽な暴力に関するニュースが、毎日のように起きている現代に、武術の稽古を続けている意味は必ずあると思う。

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