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神戸市中央区にて「古流空手、古流柔術」を指導をしている【律芯館】のブログです。 「歴史ある武術を稽古することで得られる心身の洞察力によって、 生き方を深め、自分だけでなく大切な人や周りの人も守れる強さを身に付けること。もし暗い闇の中で何かに怯え苦しむ人がいれば、武術がそこに光を灯せる存在になればという信念に基づいて稽古.指導を行っています」

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【律芯館武術コラム(5)武術における、軸 重心 呼吸 正中線とは何か?と歩法の指導について】

武術の世界で、名人、達人が極意は呼吸だと言うことがあります
と思えば全ては姿勢だという時もあれば、正中線だという人もいます
重心や丹田、中心という感覚。といわれることもありますが、これは一体何なのか?というのを、書く為に、新しい言葉を作ってみました

「コツの上位概念」という言葉です。
そして軸 重心 呼吸 正中線、それらの極意は全て「コツの最上位概念」という風に捉えることが出来ます
★☆
「コツについて、、、」
例えばどんなジャンルの習い事でも、上手になる為に様々なコツがあります
それがとても簡単なことであっても、知らない人からしたら、コツになるでしょう
つまり何かを先生から習う時、それは全てコツを習っているのだ、と言えます
例えば空手で初めて突きを習う時は、親指を握りこまないよう握り方を習います
知らないで突いたら自分が怪我をする可能性があるからです。それに正しい握りでないと相手に上手に力を伝えることが出来ません。
私たちは様々な芸事の稽古の過程でコツを習い続けるのですが、仮に最初に習ったコツを「下位のコツ」という風に、呼ぶとします
すると「上位のコツ」というのは、それが出来ていれば、その下のコツも含んでいるというものになります
「指を上手に使い拳を作って突く」(下に対して上位のコツ)
というコツの中には、「親指を握りこまない」(上に対して下位のコツ)というのも含まれます。
そして上位のコツにはさらにその上に上位のコツがあり、
上に行けば行くほど抽象的な表現になる代わりにピラミッド式に含まれる技術は多くなります。
そしてそれが一番上までいくと、あるカテゴリーにおいてそれぞれ「重心」「姿勢」「軸」などといった、「最上位概念のコツ」になります
(それぞれというのは、タイミングに関するコツの最上位概念は「呼吸」であるし、動きのコツの最上位概念は、「軸」(特に運動性という側面を含む)「重心」(特に性質という側面を含む)「姿勢」(特に形状という側面を含む)。そしてあらゆる物事との関係性についてのコツが正中線であると言えます)
人は具体的なコツや技術というのを、数多く習ったとしても、それを使う状況の条件が厳しくなるにしたがって、やることが増え毎回いちいち認識してられなくなります
相手がこういう風に来たらとか、道着のここの部分を持ってこうすれば投げれる
と様々なケースを学んだとしても実戦でそんなことを思い出してる暇はなくなるからです
しかし本人が「テコを使う」という上位概念のコツを身に着けてたら、別になります
無数の習った技が、この一言に全て含まれ整理されるからです
★☆
技を学ぶ時もより上位のコツの概念が身に着くに伴い、パターンで技術を一つづつ覚えようという必要がなくなってきます
例えば、新しい技を「こういうテコ」という風に認識すれば、次に習う技を「さっきと違うパターンのテコ」という風に認識すると、技と技の間に関係性が生じるので身に着く速度が速くなりますし、実用する時の応用力も出てきます。

そして「テコを使えばいい」と認識していたら、その場その場で習ったことのない技で対処していくことが出来てきます。


(武道で言われる守破離とは、このような下位のコツから上位のコツへ移行していく時に生じる稽古段階の話だと私は考えています)
またテコというのは、その前提に「軸」がないとテコも効きません

動きの軸があり、テコが生じるという関係性です
「軸」が出来ていれば、どんな「高度なテコ」でも起きますので、武術で動きの極意とは「軸」が身についているということになります
稽古で習う技術体系はこういう風に立体的に出来ています

それは上に行くほど下が深く広くという構造です
それで武術では、名人、達人ほど軸、や呼吸といったワードが全てのコツだというわけです
しかしこれらの上位概念のコツは、結果的に身に着くものであって、意識的に身に着けようとする時は注意がいります
例えば私が「歩き方」の指導をした時、最初に「では歩いて見せて下さい」と話し見せてもらうのですが、「歩き方」を色々稽古してきた人ほど変になってることが多いのです
そこである時期、それを一瞬で直せる方法に気づいたことがあります
何でもいいのですが例えばペットボトルを離れた位置において、「今からあのペットボトルを取りに行って下さい、そしてその時ペットボトルを取りに行くのだと、それだけを考えて」と伝えやってもらうと、一瞬で不自然な歩き方のくせがなくなりました
ビデオカメラで撮影してたから差は本人にも歴然として分かり納得していました

この方法は効果的なので今でも良く指導に使っています
★☆
何故「歩き方」を練習してる人ほど不自然な動きになるケースがあるのかと言うと、それは何の為の歩きか?という意識が消えてしまっているからだと考えられます
モデルさんなどは、美しく見える為に歩く。という意識がちゃんとありますので、そういう歩き方になりますし、ウォーキングでは、カロリーを消費する為なので自然な動きではないですが、本人もその自覚があるので、そういう風に歩く時と普通に歩く時をコントロール出来ます
問題は本人が不自然だと気づいていないケースです
例えば「武術的に歩く」、という抽象的なワードで最初から練習した場合、これは本来「上位の目的意識」ですが「下位の目的意識」が育っていない場合、本人にとって分けのわからないものになります。

それで実際の歩きも分けのわからない不自然なものになるのです
その場合は武術的にとはどういう意味かをしっかりしとかないとならないので目的意識をより具体的にするべきです



「いつ襲われてもいいように歩く」
とかなら、大丈夫だと思います
他の失敗するケースでは、軸を立てて歩く。とか考えてるとおかしくなります。


これも何の為に歩いてるのか?が消えてしまってるからです
軸は結果として現れる概念ですから、目的意識にはなりません


(コツの上位概念と目的意識の上位概念では、動きに対する働きかけが違うからです)
また初めて「歩き方」を教わる人でも「今から歩いて見せて下さい」といわれると変な動きになることがあります
その時に見せる為の歩き方になるので、歩く必要がないのに歩くからです。
(これは言われたからやる。言われた通りやっているという稽古法の武術の動きもそうなってしまいます。そこから抜けれないと絶対に先がないと思います。何の為にするのか自分で理解、納得して稽古していかなくてはならないのです)
人に「歩いて見せて」と言われた時でも「あそこまで行く」と決めて普通に歩けば問題ありません

普段私たちはそういう風に歩いてるからです

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